さだまさし「案山子」他 厳選!お気に入りソング

男性ミュージシャン ~1990年 お勧めソング!

さだまさし プロフィール

生年月日:1952年4月10日、出身地:長崎県長崎市

 

1972年に吉田正美さん(現・吉田政美さん)と共にフォークデュオ・グループとしてデビュー。

 

「精霊流し」、「無縁坂」といったヒット曲を生み出しながらも1976年に解散し、同年からソロ活動を始めました。

 

1977年リリースの「雨やどり」でソロとして初めてオリコンシングルチャートで1位を獲得し、以降も「関白宣言」や「風に立つライオン」など数々の名曲を世に送り出しています。

 

そのほか人気ドラマ「北の国から」の主題歌や山口百恵へ提供した「秋桜」などでも知られています。


さだまさし・クレープ 厳選ソング! 代表曲・ヒット曲

「案山子」 故郷にいる兄が弟に宛てたメッセージです

案山子 さだまさしオフィシャルYouTubeチャンネル

1977年11月発表の10枚目のシングルです。

作詞・作曲:さだまさし

 

大分から福岡へ弟と共に移動する際に、列車から見た景色がモチーフになっています。

 

都会で一人暮らしをする弟(妹)を雪の中にぽつんと立つ案山子になぞらえ、故郷にいる兄がメッセージを送る歌です。 


私はずっと、「お金はあるか」、「”金頼む”の一言でもいい」という歌詞から、父親が子供を想う曲だと思っていましたが、このフレーズは、親からの仕送りだけが頼りだった、さださん自身の経験が基になっていて、アマチュア時代に既に書かれていたものを使用しているそうです。

「道化師のソネット」 希望を繋いでいく温かみを感じる曲です

道化師のソネット さだまさしオフィシャルYouTubeチャンネル

1980年2月発売の17枚目のシングルです。

作詞・作曲:さだまさし

 

主演、音楽監督を務めた映画「翔べイカロスの翼」の主題歌です。

 

夢を与えようと努力をし、志半ばで興行中に転落死してしまったピエロ(栗原徹さん)の実話を基に制作された映画です。



さだのファンである松本人志さんは、この曲を「生涯で一番聴いているかもしれない」と語っていて、「芸人の根本や」と歌詞を絶賛しています。

「秋桜」 嫁いでいく娘から母への感謝の気持ちが歌われてます

秋桜 さだまさしオフィシャルYouTubeチャンネル

1977年10月発売の山口百恵さんの19枚目のシングルです。

作詞・作曲:さだまさし

 

1978年発売のアルバム「私花集」でセルフカバーしています。

 

明日嫁いでいく娘と、その母とのやりとりを描いています。

 

情景描写が細かく、感動的で「日本の歌百選」にも選出されている楽曲です。


「 精霊流し」 亡くなった恋人に向けて歌われたメッセージソングです

精霊流し グレープ - トピック

1974年4月発売のグレープ2枚目のシングルです。

作詞・作曲:さだまさし

 

さだまさしさんが自伝的小説として書き下ろし、テレビドラマ、映画化されたことでも知られています。

 

毎年8月15日に故郷である長崎県長崎市で行われる精霊流しを題材とした作品です。

 

去年まで一緒に見ていた花火を、1人でしみじみ見ている情景が浮かんできます。


「無縁坂 」 母への思いがまっすぐに伝わってきます

無縁坂  グレープ - トピック

1975年11月発売の6枚目のシングルです。

作詞・作曲:さだまさし

 

東京都文京区湯島ある無縁坂を舞台に、年老いた母に対する息子の想いを歌った楽曲です。

 

ドラマ「ひまわりの詩」の主題歌に起用されました。 


「風に立つライオン」 別れた人への想いと感謝が綴られています

風に立つライオン

1988年3月発売の33枚目のシングルです。

作詞・作曲:さだまさし

 

ケニアに派遣され、現地医療に従事していた医師のエピソードに感化して制作された楽曲で、歌詞は医師が日本にいる恋人に宛てた手紙の形式になっています。

 

さださん自身が執筆した小説が映画化され、2015年に大沢たかおさん主演で公開されました。

 


「北の国から」 北海道の広大な大地が思い浮かびます

北の国から 遥かなる大地より~螢のテーマ

1982年9月発売の22枚目のシングルです。

作詞・作曲:さだまさし

 

「北の国から 遥かなる大地より~螢のテーマ」は、

テレビドラマ「北の国から」の主題歌のために書き下ろされた楽曲です。


さださんはインタビュー取材やコンサートのトークで、

「僕が作った曲の中で一番素晴らしいのは『北の国から〜遥かなる大地より〜』です。なにしろ、すべての詩が『あ』と『ん』だけで表現されてますから! こんなに楽で完成度の高い曲はもう一生書けないでしょうね」

としばしば自虐ネタとして披露しています。

「雨宿り」 恋をしてしまった女性の行動をコミカルに描いています

雨宿り さだまさしオフィシャルYouTubeチャンネル

1977年3月発表の2枚目のシングルです。

作詞・作曲:さだまさし

 

雨宿りをきっかけに知り合った男性に、恋をしてしまった女性の行動をコミカルに描いています。

 

落語研究会出身のさださんらしく、最後は落語のオチの様な終わり方になっています。 


「朝刊」 昭和のほのぼのとした日常の曲です

朝刊 グレープ - トピック

1975年8月発売のグレープ4枚目のシングルです。

作詞・作曲:さだまさし

 

「精霊流し」のヒットで、「暗い歌しか書かない」と言われるようになり、解散するかどうか迷っていた頃に作った明るい曲です。


「また巨人が負けた」というフレーズは、1975年に長嶋監督の率いる巨人軍の成績が、春先から低迷していたことを歌詞にしています。


「ほおずき」 ほおずきの花は仏教では亡くなった方の供養に供えられます

ほおずき グレープ - トピック

1975年3月25日発売の4枚目のシングルです。

作詞・作曲:さだまさし

 

自分を残して手の届かない場所にいってしまった女性をずっと思っているという歌詞です。


「縁切寺」 情緒的なメロディーがたくさん溢れた名曲です

縁切寺 グレープ - トピック

1975年11月発売のアルバム「コミュニケーション」収録曲です。

作詞・作曲:さだまさし

 

バンバンがシングルとしてカバーしています。

 

モデルである東慶寺は江戸時代までは「縁切り寺」、「駆込み寺」として有名でした。


歌詞の意味

初めて二人で訪れたのが北鎌倉で、そこで「縁切寺」にたどりついてしまいます。彼女の方が強く想いを寄せていたと思っていたはずなのに、彼女の方から別れを告げてきました。「縁切寺」では3年修行をすると縁が切れると言われていて、もうすぐ3年を迎えるという時に、街で彼女を見かけて、ふと出逢った頃のことを思い出してしまいました。それで、思わず鎌倉まで出かけてしまい、源氏山から想い出を辿ってみることにしました。

 

”紫陽花までは まだ間にあうから”

アジサイ=6月、6月といえばJune brideですね。おそらく彼女は6月に結婚するのだと想像してしまいます。

 

「僕にまかせてください」 クラフトへの提供曲です

僕にまかせてください グレープ - トピック

1975年4月発売のクラフトのセカンドシングルです。

作詞・作曲:さだまさし

 

土曜ドラマ「ほおずきの唄」の主題歌として使用されました。

 

1976年2月発売のアルバム「グレープ・ライブ 三年坂」でセルフカバーしています。

 

手桶を下げて「急な坂道」を登ってお墓参りをする、という長崎の光景が浮かんでくるようです。


テレビドラマ「ほおずきの唄」(1975年)

東京の下町の剣道道場「塚原道場」を営む塚原家を舞台とし、道場主とその家族に、愛人の娘・夕子(島田陽子)、刑務所を出所してその後料亭「江島」で働く礼二(近藤正臣)など、町の人々とのかかわりを通して、三世代の交流、対立などを明るく描いたホームドラマです。

「主人公」

主人公

1978年3月発売のアルバム「私花集」の収録曲です。

 

発表以来、ファンの人気投票で、「関白宣言」などのヒット曲を抑え1位を続ける人気曲です。

 

 

「自分の人生は自分が主人公」という当たり前の歌詞ですが、落ち込んだ気持ちになった時や、自分に自信が持てない時の応援歌として受け入れられました。