「長崎の夜はむらさき」歌ってるのが瀬川瑛子さんだと知りませんでした

「長崎の夜はむらさき」は私が9歳の時に発売された曲で、中学の修学旅行で北九州を訪れた際にバスガイドさんが歌ってくれて、はじめて知った曲です。

 

そのバスガイドさんの声が素敵だったこともあり、すぐにいい曲だなと思い、帰って来てからも、よく口ずさんでいたのを覚えています。

 

ただ、歌っているのが瀬川瑛子さんだと知ったのはつい最近で、「命くれない」のイメージしかなかったので、ほんとうにビックリしてしまいました。


瀬川瑛子 プロフィール

生年月日:1947年7月6日、出身地:京都渋谷区

 

紅白歌合戦にも出場した人気歌手、瀬川伸さんの次女として生まれ、幼少の頃より父の影響もあり、音楽とふれあう環境で育ちました。

 

父のステージの前座など経験しながら、1967年4月、「涙の影法師」で日本クラウンよりデビューしました。

「長崎の夜はむらさき」

1970年3月1日に発売された7枚目のシングルになります。

累計売上約50万枚と初のヒットとなりました。

 

鼻にかかった、艶なある声が独特ですね。

 


野路由紀子さんのカバーです。


「命くれない」

1986年3月21日に発売された39枚目のシングルです。

作詞:吉岡治、作曲:北原じゅん

瀬川瑛子さんは詩をもらった時に、「命くれない」の「くれない」ってどういう意味なんだろう?と思ったそうです。

 

詩を書いた吉岡治さんは、

 


「命と結び合う縁(えにし)の紅い糸の紅(くれない)と、命をくれませんか、お互いに命を交換し合いませんかという夫婦の絆の意味を持っているんだよ」と説かれました。

 

「二人が夫婦になったのは運命だった。運命はあやつれない。だからずっと連れ添っていこう」ということですね。

 

この意味を教えられ、その歌い方にも相当な情が入ったことが大ヒットに繋がったのだと思います。

「矢切の渡し」

東京都と千葉県の県境を流れる江戸川で、葛飾区柴又と松戸を結ぶ渡し舟がある矢切を舞台にした曲です。

 

元々は、1976年10月1日に発売されたちあきなおみさんのシングル「酒場川」のB面曲として発売されました。 


1983年に細川たかし盤のシングルが発売され、同年には、瀬川瑛子、中条きよし、春日八郎&藤野とし恵、島倉千代子&船村徹、佐山友香など、競作で発売されましたが、中でも最も売れたのが細川盤でした。ただし、当時の有線のチャートではちあき盤が首位に、また、瀬川盤はオリコン44位にランクインされました。