女性ミュージシャン ~1990年 お勧めソング!
竹内まりや プロフィール
誕生日:1955年3月20日、出身地:島根県
1972年:高校3年の時に交換留学生としてアメリカに留学。
1974年:慶応大学文学部英文学科に入学し、音楽サークルに参加する。
今のBGMファンハウスであるRCAレコードと契約。
1978年:シングル「戻っておいで私の時間」とアルバム「BEGINNING」でデビュー。
2014年:7年ぶりのアルバム「TRAD」がオリコンチャート1位を獲得。
同年12月には「TRAD」が第56回日本レコード大賞最優秀アルバム賞を受賞しました。
2014年:6都市を回る33年ぶりの全国ツアー「souvenir 2014」を行い、約75,000人を動員。
デビューしてから、山下達郎との結婚も経て、数々の楽曲を生み出し続けてます。シングル「今夜はHearty Party」、「ロンリー・ウーマン」、「カムフラージュ」が大ヒットを記録し、オリジナルアルバム「Bon Appetit!」はオリコンチャート1位でミリオンセラーに。
竹内まりや 厳選SONG! 代表曲・ヒット曲
「駅」 真逆の解釈?中森明菜版と竹内まりや版
「駅」は1986年、中森明菜さんがリリースしたアルバム「CRIMSON」に収録されています。
当時、中森明菜さんは21歳でアルバムのコンセプトは“20歳すぎの女性が誰でも経験しそうな物語”でした。
竹内まりやさんは、「'86年に中森明菜さんのアルバム用の依頼が来た時、テーブルに彼女の写真を並べて、情景イメージが出て来るまでずっと見つめていました。せつない恋物語が似合う人だと結論を得た私が、めずらしくマイナーコードで一気に書き上げたこの曲を、のちに自分も歌い、今のようにスタンダードな存在になっていくと夢にも思いませんでした。明菜ちゃんからの依頼がなければ書けなかった歌です」と語っています。
駅 竹内まりや
駅 中森明菜
「駅」はいわくつきの曲で、アレンジの仕方で、作り手と歌い手の楽曲解釈に相違が出ました。
山下達郎さんは中森明菜さんの「駅」に納得がいかず、竹内まりやさんにセルフカバーを勧め、中森明菜版がリリースされた翌年、アルバム「REQUEST」に収録しました。
中森明菜さんも2002年にアルバム「Akina Nakamori〜歌姫ダブル・ディケイド」で再録音をしています。
今になってあなたの気持ち 初めてわかるの痛いほど 私だけ愛してたことも
竹内まりやさんの解釈:彼が”私だけを痛いほど愛してくれていた”と気づく。
中森明菜さんの解釈 :彼のことを”私だけが痛いほど愛していた”と気づく。
中森明菜版では、今にも消えてしまいそうな、つぶやくような歌い方が印象的で、哀愁たっぷりに、切なく歌われています。中森明菜さんは当時21歳、恐るべき表現力ですね。
竹内まりや版では、彼の“うつむく横顔”に対し、どこか憐れみが感じられます。愛し合っていた頃を思い出しているというよりも、別れを乗り越えた大人の女性という力強さをイメージさせます。
物語の”駅”は実在していた!
2013年3月17日、山下達郎さんがパーソナリティを務めるFM番組に1件のリクエストが届きました。それは竹内まりやさん本人からのリクエストで、山下さんはその日の放送の最後に”駅”を流しました。
その放送の二日前に、東急東横線渋谷駅の地上2階にあったホームが閉鎖され、翌日から地下になり、「あの駅が移設されて寂しいから…」というリクエストでした。
このことで世間が知ることになり、85年間使用されてきたホームを惜しんだ人々が、次々に渋谷駅を訪れました。
東京で暮らし、通勤・通学で利用していた人、東京を訪れたことのある人にとっては思い出の駅。竹内まりやさん自身も、かつてこの渋谷駅を通学で利用していたみたいですね。
「シングルアゲイン」 火曜サスペンス劇場の8代目の主題歌です
シングルアゲイン
18枚目のシングルとして1989年にリリースされ、日本テレビ「火曜サスペンス劇場」の8代目の主題歌です。
竹内まりやさんの楽曲では珍しく、暗めのコードで進行するメロドラマのようなアレンジになっています。
交際中の男性が自分以外の女性と結婚した後に離婚して再び「独身」(シングル・アゲイン)になったという噂を聞き、揺れる複雑な女性の心情を描写した楽曲です。
“私と同じ痛みを あなたも感じてるなら 電話ぐらいくれてもいいのに”という歌詞から、復縁を望んでいるように思えますが、
”あなたも悔やんでるなら やっと本当のさよならできる”という歌詞があり、せめて彼が申し訳なさを感じてくれるなら、過去に傷付いた自分の気持ちに決着を着けられるのに。という、なんともせつない女心を感じさせる曲になっています。
「元気を出して」 失恋した友人の背中を押す歌です!
元気を出して
この曲は、ジェームス・テイラーと離婚した後のカーリー・サイモンの痛々しい様子を見て、カーリーを励ましたいと思ったのがきっかけです。
薬師丸ひろ子さんの曲制作の依頼を受けて、失恋で傷心の友人を励ます女の子同士の曲があまり無いことを踏まえ、清純な歌声にはうってつけのテーマと考えて一気に書き上げました。
“彼だけが 男じゃないことに気付いて”、“人生はあなたが思うほど悪くない”と、失恋した女友達を慰める歌詞になっています。
1988年、自身によるセルフカバーもされ、より爽やかさや快活さが出た、ポジティブな仕上がりになっています。
また、バックコーラスには薬師丸ひろ子さんが参加、力強い声に透明感のある歌声が合わさり、楽曲に深みが増しています。
「プラスティックラブ」 シティ・ポップの代表的な楽曲の1つです
プラスティックラブ OFFICIAL MUSIC VIDEO
今、海外で注目を集めているのが“シティ・ポップ”と呼ばれている、より都会的に洗練されたJ-POPです。
竹内まりやさんが作詞・作曲した、「プラスティック・ラブ」も、シティ・ポップの代表的な楽曲の1つです。
この曲は1984年にリリースされた6枚目のアルバム「VARIETY」に収録されていて、海外の多くのファンに愛されています。
どこか切なさや懐かしさが感じられ、“孤独な友だち”という歌詞に絡まれる切なげな電子ピアノの音色が魅力的です。
「人生の扉」 50代を迎えて作った曲が「人生の扉」です
人生の扉
竹内まりやさんが50代を迎えた頃に作られた「人生の扉」。
60歳を超えても、なお輝き続けている竹内まりやが唄うからこそ、その前向きな歌詞に共感します。
年を重ねていく事に喜びを感じ、生きる意味を見つける、本当に勇気をあたえてくれる曲ですね。
I say it's fine to be 60
You say it's alright to be 70
And they say still good to be 80
六十歳は素晴らしいし
七十歳は申し分ないし
八十歳なんてまだまだいけるみたい
私は竹内まりやさんの4つ下になるのですが、還暦を迎え現役をリタイアしてから、特にこの曲が心に響くようになってきました。この歌詞の通りに、1日1日喜びを感じながら、前向きに生きていきたいですね。